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ゆかりの地マップ

映画「親鸞 人生の目的」の舞台となったゆかりの地マップです。
親鸞聖人の生涯にまつわる歴史的な場所を紹介しています。
親鸞聖人の足跡をたどり、人生の目的について考える貴重な機会をお楽しみください。

1. 四条大橋(しじょうおおはし)

四条大橋は、鴨川に架かる四条通の橋です。橋の西側は四条河原町、東側は祇園。京都を代表する繁華街を結ぶ橋なので、とてもにぎやかです。
二十九歳の親鸞聖人は、後生の一大事の解決ができず、真っ暗な心を抱え、四条大橋で、呆然とたたずんでおられました。そこを通りかかった、かつての法友・聖覚法印に導かれて、吉水の法然上人の元へ行かれたのでした。

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2. 円山公園(まるやまこうえん)

四条大橋から東側の山へ向かって歩くと、正面に八坂神社が見えてきます。この後ろに広がっているのが円山公園です。法然上人は、この辺りに寺を建て、すべての人が後生の一大事を解決して、この世も、未来も幸せになれる浄土仏教を説いておられたのです。「吉水草庵」と呼ばれていました。(東山区円山町)


3. 安養寺(あんようじ)

円山公園の池に架かっている橋を渡って奥へ進み、小高い丘を登っていくと、「法然親鸞両上人御旧跡吉水草庵」と刻まれた石碑が建っています。安養寺です。しかし、小さな寺なので、大勢の参詣者が入れたとは思えません。実は、ここは法然上人のお弟子の宿泊施設であり、吉水草庵の本堂は、現在の知恩院の場所だったといわれています。(東山区円山町)

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4. 知恩院(ちおんいん)

安養寺から円山公園へ戻り、神宮道へ出ると、すぐ近くに知恩院の三門があります。三門をくぐり、急な石段を登ると知恩院が建っています。
吉水草庵の本堂は、この場所にあったのです。参詣者が急増し、増築が繰り返されたと伝えられています。親鸞聖人は二十九歳から三十五歳まで、法然上人のお弟子として、ここで活躍されたのでした。(東山区林下町)

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5. 青蓮院(しょうれんいん)

さらに神宮道を北へ二百メートルほど進むと、青蓮院です。門前に「親鸞聖人得度聖地」と刻まれた石碑があります。親鸞聖人は九歳の時に、ここで髪を切って、出家得度され、比叡山延暦寺の僧となられました。庭園の散策コースの出口あたりに、幼い日の親鸞聖人の銅像と、出家する時に詠まれた歌を刻んだ石碑があります。(東山区粟田口三条坊町)

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6. 岡崎草庵跡(おかざきそうあんあと)

親鸞聖人は岡崎に住み、吉水草庵へ通っておられました。岡崎の草庵跡は、青蓮院から歩いて三十分ほどの丸太町通沿いにあります。現在は、真宗大谷派の岡崎別院になっており、門前に「親鸞聖人御草庵遺跡」と刻んだ石碑が建っています。境内の奧には、親鸞聖人が三十五歳で越後へ旅立たれる時に、奥様と別れを惜しまれた鏡池があります。(左京区岡崎天王町)

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7. 安楽寺(あんらくじ)

哲学の道を歩いていくと、途中で「安楽寺(徒歩五分)」と示す標識が現れます。案内に従って坂道を登っていくと、車一台がやっと通れる道路に面して「住蓮山安楽寺」と刻まれた石柱が建っていました。後鳥羽上皇の無法な弾圧によって処刑さた住蓮房、安楽房ゆかりの寺です。中には、住蓮房、安楽房、松虫姫、鈴虫姫の墓や木像などがありますが、ふだんは「拝観謝絶」となっています。(左京区鹿ケ谷御所ノ段町)

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8. 赤山禅院(せきざんぜんいん)

親鸞聖人と美しい女性との出会いの場所として知られる「赤山明神」へ行くには、叡山本線の修学院駅で下車し、修学院離宮を目指して歩くと分かりやすいです。修学院離宮の手前を左折すると赤山明神。神社のような名前ですが、ここは比叡山延暦寺の別院なのです。現在は、「赤山禅院」と名前が改められています。紅葉の美しい寺としても知られています。(左京区修学院開根坊町)

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9. 六角堂(ろっかくどう)

京都の真ん中に聖徳太子が創建された六角堂があります。比叡山での修行に行き詰まられた親鸞聖人は、六角堂に百日間、参籠されました。それでも後生の解決はできず、精も根も尽き果てられました。その直後に四条大橋で聖覚法印に声をかけられ、法然上人に巡り会われたのです。当時の親鸞聖人を偲び、六角堂から四条大橋へ向かって歩いてみませんか。二十分ほどで着くと思います。(中京区六角通東洞院西入堂之前町)

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